名古屋高等裁判所 昭和28年(う)947号・昭28年(う)946号 判決
本件公訴事実の要旨は論旨摘録の通りであるが記録を精査し、原判決挙示の証拠その他原裁判所が取調べた証拠の内容を仔細に検討し更に当審における証拠調の結果を参酌すると是等証拠の中原審において取調べた株式会社森重商店の登記簿謄本(記録一八八丁)の記載、当審において取調べた株式会社設立登記申請書関係書類(記録五一七丁以下五五四丁)謄本の記載によれば申請人株式会社森重商店代表取締役森重昌、取締役森さだ、取締役河合千久枝名義を以て昭和二十七年三月十七日名古屋法務局一宮支局宛に 一、各種繊維品の製造 一、各種繊維品の加工並びに売買、一、前各号に附帯する業務を営業目的とし資本金五十万円、一株の株金額五十円、株式総数一千株とする株式会社設立登記申請を為し同日同支局において受理せられたこと、右申請に先ち同月十六日創立総会を開催しその議事録が作成されたこと並びに被告人森重昌の外森さだ、河合千久枝、河合美恵子、河合進、井上健吉、神谷英雄がそれぞれ発起人として相当数の株式引受を為し、被告人宮崎成二の外田中新男においてそれぞれ株式引受の申込を為した旨の書面が作成されていることを明認するに足る、是之観之右森重商店は一応形式的には商法に規定する正規の手続を履践して有効に成立したものの如き外観を呈しているのであるが、飜つて当審において取調べた前記株式引受人たる証人森さだ、同河合千久枝、同河合美恵子、同河合進、同井上健吉、同神谷英雄、同田中新男の各証人尋問調書中の供述記載の内容を検討する前記各株式引受人又は申込人の中被告人両名以外の株式引受人又は申込人全員はいづれも被告人等の妻、母、親戚、友人知己であつて、被告人両名から依頼又は懇請に応じ只単に株式引受人としての名義を貸すことに同意した丈で毫末も自ら真に株式を引受け株金の払込を為して株主となり且会社の損益計算に基く経済上の損益を負担する意思がなかつたものであることが明白である。かゝる株式会社は形式的に会社設立の登記を経由したからと云つて実質上有効に成立したものと解することは出来ない。而して原裁判所及び当裁判所において取調べた証拠を綜合し、被告人両名が右の如き株式会社設立の挙に出でた経緯を考えると、被告人両名は曩に両名共同して繊維品類販売業を経営していたところ業績不振に陥り多額の負債を生じ、之が挽回を図る為起死回生の策として営業形態を株式会社組織に改める目的の下に前記の如く妻、母、親戚、友人知己に依頼しその名義のみを借受け実質的には右各株式引受人又は申込人に何等株主としての権利義務を負わせず凡て被告人両名の出捐において営業上の損益の負担に任じ従前の事業を継続したに過ぎないものであつて被告人両名は株式会社を仮装して取引先に対し十分な資金と支払能力ある様に信頼せしめ自己等個人の共同事業を継続したものであることが認められる、而して本件公訴事実の指摘する現金はいづれも右の如き被告人等が会社を仮装して為した個人営業の売掛金を回収した現金であつてその所有権は結局被告人両名に属するものと解するの外はないから之を隠匿又は消費しても横領罪を以て問擬すべき案件ではないと解すべきである(尤も隠匿行為を以て直に領得の意思ありと観るか否かに付て別に論議の余地がある)固より被告人等が前記の如き会社設立の登記を為し会社を仮装した個人営業を為していたとしても兎も角正式に登記手続を履践し表面会社の事業として営業を為していた以上之と取引する相手方は真実適法な会社が成立し株主は当然株主としての責任を有するものと信じて取引していたものと推定されるから被告人等が取引先に対し前記の如き営業形態の実体並に支払能力を秘匿し公然会社として取引していた以上詐欺その他の別罪を構成するか否かを論議するは格別本件訴因の如き現金の横領罪を構成するものと解することは出来ない。而も本件の訴因と右の如き別罪とは事実の同一性を異にし訴因の変更訂正の方法によつて賄い得ないことは明白であるから結局本件につき有罪の証明がないものとして無罪の言渡を為した原審の判断はその理由説明を異にするとは云え、その結論は相当であつて原判決には結局所論の如き判決に影響を及ぼすべき事実誤認又は証拠に基かないで判決を為した違法があるとは云えないからこの論旨は理由がない。